2016.02.23 (Tue)
神戸 異人館巡り
先日シェルシュミディのフェイスブックでもいくつか写真をご紹介いたしましたが、昨日神戸の異人館にいってまいりまして、そのお写真をご紹介したいと思います。
京都から神戸へは電車で約1時間。
そんなに遠くないので、例えば以前住んでいた吉祥寺と言う東京の郊外から銀座へ行くまでにかかる所要時間とあまり変わらないのですが、「何となく遠い」イメージがあり、あまり足を伸ばせていませんでした。
横浜の元町は何度か訪れたことがありましたのでそんな感じかな、なんて思っていたのですが、神戸の異人館とても素敵でした!
この北野異人館は洋館がたくさんあり、1日パスなども販売されているのですが、私は美術館でもなんでも1-2個を絞ってみたいタイプですので、今回は2つだけ見学してまいりました。
訪れたのはおそらく一番有名な「うろこの家」
↑
こちらはシェルシュミディのフェイスブックページに写真をアップしましたのでぜひご覧ください。
本日は一休みをしたカフェのオーナーに勧めてもらったのが、ドイツ人商家の館である「風見鶏の館」でとった写真をご紹介いたします。
まずこちらはその名前の由来ともなった屋根の風見鶏。

外観は赤レンガ。


1909年頃の建築。
基本的には当時の典型的なドイツ建築ですが、ところどころにアールヌーボーの影響が見られます。
例えばこちらの照明

そしてドアの取っ手にも。

一方で天井はちょっと面白い幾何学模様に。

ダイニングはとてもドイツらしい作りだそうです。

埋め込まれたステンドグラスもやはりアールヌーボーの影響を受けてとのことでした。

こちらはこのトーマス一家の一人娘であったお嬢さんの子供部屋でお人形スペースだったそうです。

これがちょっと泣けてしまいまして裕福だった一家ですが、お嬢さんがドイツの寄宿舎に入るために一家で一時帰国したときにちょうど第一次世界大戦が勃発してしまい一時帰国の予定だったはずが、帰ってこれなくなってしまったそうなんです。
(第一次世界大戦はドイツと日本は敵国でした)
一時帰国の予定でしたから家財一切を残したまま、この館は大日本帝国に没収されてしまいます。
すべての財産を残してきたので、裕福だった一家はドイツで困窮を極めてしまうそうです。
お人形の間まで持っていたきっとのほほんと育っていたお嬢さん、歴史の渦にまきこまれての苦労。
親御さんはどんな気持ちだったかなと思うと、切なくなってしまったのです。
この後、トーマス一家は一時消息が分からなくなりますが、ずっと後年になりその一人娘のお嬢さんが高齢になられてからこちらの館を訪れています。
そのときの気持ちに思いを馳せるとまた、ずしっとくるものがありました。
アンティークとしても素晴らしかったですので、神戸によられた際にはぜひ!
京都から神戸へは電車で約1時間。
そんなに遠くないので、例えば以前住んでいた吉祥寺と言う東京の郊外から銀座へ行くまでにかかる所要時間とあまり変わらないのですが、「何となく遠い」イメージがあり、あまり足を伸ばせていませんでした。
横浜の元町は何度か訪れたことがありましたのでそんな感じかな、なんて思っていたのですが、神戸の異人館とても素敵でした!
この北野異人館は洋館がたくさんあり、1日パスなども販売されているのですが、私は美術館でもなんでも1-2個を絞ってみたいタイプですので、今回は2つだけ見学してまいりました。
訪れたのはおそらく一番有名な「うろこの家」
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こちらはシェルシュミディのフェイスブックページに写真をアップしましたのでぜひご覧ください。
本日は一休みをしたカフェのオーナーに勧めてもらったのが、ドイツ人商家の館である「風見鶏の館」でとった写真をご紹介いたします。
まずこちらはその名前の由来ともなった屋根の風見鶏。

外観は赤レンガ。


1909年頃の建築。
基本的には当時の典型的なドイツ建築ですが、ところどころにアールヌーボーの影響が見られます。
例えばこちらの照明

そしてドアの取っ手にも。

一方で天井はちょっと面白い幾何学模様に。

ダイニングはとてもドイツらしい作りだそうです。

埋め込まれたステンドグラスもやはりアールヌーボーの影響を受けてとのことでした。

こちらはこのトーマス一家の一人娘であったお嬢さんの子供部屋でお人形スペースだったそうです。

これがちょっと泣けてしまいまして裕福だった一家ですが、お嬢さんがドイツの寄宿舎に入るために一家で一時帰国したときにちょうど第一次世界大戦が勃発してしまい一時帰国の予定だったはずが、帰ってこれなくなってしまったそうなんです。
(第一次世界大戦はドイツと日本は敵国でした)
一時帰国の予定でしたから家財一切を残したまま、この館は大日本帝国に没収されてしまいます。
すべての財産を残してきたので、裕福だった一家はドイツで困窮を極めてしまうそうです。
お人形の間まで持っていたきっとのほほんと育っていたお嬢さん、歴史の渦にまきこまれての苦労。
親御さんはどんな気持ちだったかなと思うと、切なくなってしまったのです。
この後、トーマス一家は一時消息が分からなくなりますが、ずっと後年になりその一人娘のお嬢さんが高齢になられてからこちらの館を訪れています。
そのときの気持ちに思いを馳せるとまた、ずしっとくるものがありました。
アンティークとしても素晴らしかったですので、神戸によられた際にはぜひ!
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